「スタジオ地図 シネマティックオーケストラ2022」
~「竜とそばかすの姫」公開1周年記念~

2006年に公開した『時をかける少女』(原作:筒井康隆)と初のオリジナル作品『サマーウォーズ』(09年)を経て、2011年に設立されたスタジオ地図。その設立10周年のフィナーレを飾る記念すべきコンサート『スタジオ地図 シネマティックオーケストラ 2022 ~「竜とそばかすの姫」公開1周年記念~』が、8月14日(日)東京国際フォーラムにて開催された。

『時をかける少女』(06年)『サマーウォーズ』(09年)『おおかみこどもの雨と雪』(12年)、『バケモノの子』(15年)、『未来のミライ』(18年)、『竜とそばかすの姫』(21年)。その作品世界を彩った音楽とともに旅をしていくという今回のコンサート。ソールドアウトとなった会場には家族連れも多く、老若男女問わず、数多くの人から細田守作品が愛されていることが感じられた。

会場にブザーが鳴り響くと、ざわざわとしていた会場が徐々に静かになっていく。東京フィルハーモニー交響楽団がスタンバイをし、チューニングの音が響くと客電がゆっくりと落ちていく。大きな拍手に包まれながらコンダクターである栗田博文が登場し、オーケストラと一礼をすると、いよいよコンサートがスタートする。

ステージの後ろに設置された大きなスクリーンに炎が映し出され「お前ら本当に困った奴らだな」という多々良の声と共に「祝祭」の演奏が始まる。映画『バケモノの子』とまったく同じオープニングで作品の世界へいざなうと、主人公である九太が、バケモノの世界である“澁天街”に迷い込んだ映像をバックに「三千世界の迷い子」、そこから熊徹と九太の修行のシーンと映し出しながら「充たされた子ども」へ。父の愛を知らなかった九太が、父親代わりでもある熊徹とともに過ごす中で、大事なものを受け取っていく物語を、映像と音楽で伝えていく。最後はハープの美しい音色、弦とピアノの切なさから一気に盛り上がっていく「胸の剣」。大迫力の映像と音楽で物語のクライマックスを表現していくのは爽快だった。

『バケモノの子』の世界を凝縮したステージに圧倒されたあとは、『おおかみこどもの雨と雪』の世界へ。ここで、この作品と『バケモノの子』『未来のミライ』の劇伴を担当した音楽家・高木正勝と、シンガーのアン・サリーが登場する。高木のピアノとオーケストラの演奏に乗せ、歌詞を新たに書き下ろしたという「ほしぼしのはら」を彼女が優しく歌っていく。おおかみと人間の子どもである“おおかみこども”を母ひとりで育てていくという本作の中で、母子3人が雪山を駆け回るところは、作品屈指の名シーンである。水がキラキラと流れていくようなピアノと壮大なオーケストラサウンドで聴かせる「きときと-四本足の踊り」と映像の融合は感動的で、家族の歓びと世界の大きさや美しさを体中で感じることができた。雪の弟である雨が、狼として生きることを選んだことを受け入れた母・花の想いを歌った「おかあさんの唄」。親子の思い出を映し出しながら響くアン・サリーの歌声からは、母の繊細な心の揺れから、大きな温もりと無償の愛が感じられて、心にささるものがあった。

雰囲気をガラッと変わり、会場は『サマーウォーズ』のOZの世界へと移っていく。照明をカラフルにし、オーケストラでネット上の仮想世界を見事に表現したかと思えば、物語の後半、クライマックスでの流れも再現していく。栄おばあちゃんが黒電話をポンポンと手で叩きながら、人々を勇気づけ、人と人とを結びつけていくシーンとともに演奏した「栄の活躍」は、ピアノとヴァイオリンのピチカートの響きで作品のモチーフを表現していく楽曲。会場に光を灯った「1億5千万の奇跡」から「The Summer Wars」の流れも素晴らしかった。「栄の活躍」でも出てきたモチーフをオーケストラで壮大に演奏し、世界の危機を救った主人公の健二と陣内家の活躍を描ききる。

20分の休憩をはさんで、第2部は『未来のミライ』から。ピアノは再び高木正勝が担当し、山下達郎の「ミライのテーマ」をオーケストラアレンジで響かせると、どこかノスタルジーな世界観が漂う「Train Train」、パーカッシブなサウンドとピアノが美しい「Marginalia Song」と続ける。ラストの「Of Angels」は、4歳の主人公・くんちゃんが未来のミライちゃんと一緒に時空を越え、家族の歴史を辿っていく映像とともに届けていく。いくつもの奇跡が重なって、今の自分たちがあるのだと感じながらこの曲を聴いていると、シンプルなひとつのメロディから無限に広がっていく音楽の奥深さ、素晴らしさを感じずにはいられなかった。

SFと恋愛と青春を描いた『時をかける少女』から、細田守監督の新たな歩みが始まったと言ってもいいだろう。入道雲をバックに全力で走る主人公・紺野真琴とともに「夏空」からスタートした『時かけ』の世界。「スケッチ」と「少女の不安」は、タイムリープをして、気軽に世界をやり直していたところから急にシリアスな展開になっていく物語を象徴する2曲。ここでは弦楽の表現の幅広さを感じた。「からくり時計~タイムリープ」で、真琴が「いっけぇぇぇぇ」と叫ぶシーンを先に見せて、もうひとりのゲストボーカル、奥華子が登場し「変わらないもの」を歌っていく。未来からやってきた千昭にもう一度会いに駆け出す真琴と、真琴を想う千昭のことを歌った「変わらないもの」。2人の想いが交差する青春感と奥華子の声の持つ切なさは、公開から16年経った今もまったく色褪せることがない。

最後は『竜とそばかすの姫』。先程のOZの世界から、舞台はUの世界へ。ベルの歌声を流しながらの「U」では、オーケストラだからこその音の厚みを感じる。特にサビの迫力はすさまじく、続く「歌よ」も含めて、壮大なUの世界に入り込んだかのような没入感を与えてくれた。ハープの美しい響きが印象的な「心のそばに」は、心を痛めた竜を優しく包み込むベルの大きな愛を、歌声とオーケストラの演奏で表現をしていく。最後は「素顔」から「はなればなれの君へ(reprise)」へ。幼い頃から音楽の才能があった主人公のすずが書く歌は、自分を置いて亡くなった母へ向けてのものが多い。現実世界では、その歌が歌えなくなってしまっていたが、<U(ユー)>の世界では歌うことができた。彼女を救ってくれたのもまた歌であったと、曲の後半で歓びに満ち溢れて歌う姿は、映画でも本当に感動的だった。それをオーケストラの壮大な演奏で体感することができたことで、自分もあの「U」でのライブの観客の1人になったような気持ちになれた。上質なオーケストラの演奏と映像によって、作品世界に入り込むことができる。特にアニメは、作品に占める音楽のウェイトが大きいコンテンツだからこそ、このようなコンサートは、多くのファンを魅了することができるのだと実感した。

アンコールで披露された「Overture of the Summer Wars(サマーウォーズ)」は、オーケストラのポテンシャルをフルに発揮した曲。2020年6月に開催を予定していた『サマーウォーズ フィルムコンサート』は、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中止になってしまったが、本編と合わせて「サマーウォーズ」の仮想世界の音楽とオーケストラの音楽の両方を受け取ることができたのは、幸せなことだった。最後は、再び奥華子が登場。しばらく音楽活動をお休みしていて、このコンサートが実に約2年半ぶりの歌唱だったそうだが、『時をかける少女』の主題歌「ガーネット」を、細田守監督作品のトレードマークである入道雲を映し出しながら真っ直ぐに歌い、この記念すべきコンサートを締めくくる。

映像と歌、そしてオーケストラの演奏で、作品の世界をより立体的に表現してくれたコンサート。改めて家族というものを実直に描いてきた細田作品の普遍性と、その音楽の素晴らしさを体感する、忘れられない夏の思い出となった。

セットリスト